表面科学テクノロジー バーチャル博物館

(社)日本表面科学会

表面科学の殿堂 ―英雄列伝―

ゲルハルト・エルトル

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ゲルハルト・エルトル(Gerhard Ertl 1936年生まれ-)は,2007年に「固体表面での化学過程の研究」の功績によりノーベル化学賞を受賞しています。受賞理由に表面化学というキーワードが書かれているのは,アーヴィング・ラングミュア(1932年受賞)以来です。表面化学の最初の基礎概念を確立したのがラングミュアなら,近代的な表面化学の解析手法の基礎を確立したのがエルトルであると言えるでしょう。

エルトルは,受賞に至るまでの研究の後半は,ドイツマックスプランク研究所フリッツ・ハーバー研究所で研究を行っていました。研究所名にあるハーバーとは鉄を用いたアンモニアの触媒的合成を実現したハーバー・ボッシュ法の開発者の一人で,彼もこの業績でノーベル化学賞を受賞しています(1918年受賞)。ハーバー・ボッシュ法は,窒素の人工的固定を実現し,人類の食糧問題の解決に大きな貢献をしましたが,その詳細な反応メカニズムを解明したのがエルトルなのです。彼はまた,自動車の排気ガスの処理にも重要な,金属触媒による一酸化炭素の酸化の研究でもよく知られています。エルトルは,白金触媒において生成物である二酸化炭素の生成量が時間とともに周期的に振動する現象を発見し,さらに紫外線を照射して固体表面から飛び出す電子を結像させる顕微鏡である光電子顕微鏡を用いることで,振動反応が起こっている白金触媒表面で反応物の一酸化炭素分子と酸素原子が吸着した領域が時間とともに渦巻状に広がっていく様子を直接観察し,解析によってそのような非線形現象が起こる理由を明らかにしました。

 触媒反応には溶液中に溶けた触媒分子によって起こる均一系の反応と工業プロセスでより重要な固体触媒の表面で起こる不均一系の反応があります。固体触媒の表面では常に複数のしかも種類の異なる反応サイト(反応が起こる場所)が存在するので,そこで起こる反応は複雑で,しかも直接分析する手法が限られていました。反応進行中に反応物,中間生成物(中間体),生成物の量の変化を測定して反応機構を推定する解析が主流だったのです。それに対しエルトルは光電子顕微鏡や走査トンネル顕微鏡など表面科学の最新の解析手法を用いて,表面化学反応の分子レベルでの機構の研究を行ってきました。つまりより応用に近い触媒化学と基礎科学である表面化学を結びつけたわけで,エルトルの研究は触媒化学の革新的な進展に寄与するものでした。

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