表面科学テクノロジー バーチャル博物館

(社)日本表面科学会

表面科学の殿堂 ―英雄列伝―

アーヴィング・ラングミュア

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アーヴィング・ラングミュア(Irving Langmuir  1881年生まれ-1957年没)は,1932年に表面化学(および界面化学)分野への貢献によりノーベル化学賞を受賞しています。今でこそ,気体と固体,液体と固体,気体と液体など二つの物質が接する境界である界面で起こる化学現象を扱う界面化学は化学の一分野となっていますが,彼はその黎明期に基本的な考え方を確立した界面化学の研究の祖の一人と言えるでしょう。受賞の対象となった研究のほとんどはGeneral Electric (GE)というアメリカの民間企業にいる間に実施されたもので,民間企業の化学者として初めてのノーベル賞受賞者でもあります。

彼が1909年にGE社に入って最初に取り組んだのは,白熱電球の寿命をいかに伸ばせるか(つまりいかに電球切れを防ぐか)ということでした。電球の中で光るフィラメントという細い線にはタングステンという高い温度まで溶けにくい金属が使われており,電球は真空状態にして閉じられていたのですが,白く光るほど高温にするとタングステンが少しずつ蒸発し,電球のガラスについて黒ずんできてしまうこと,さらにタングステンの線がだんだん細くなって切れてしまうことが問題でした。そこで彼は,タングステンの表面に気体分子がどのように吸着したり反応したりするのかを徹底的に調べ,反応が起こりにくい気体(窒素とアルゴンの混合気体)を電球の中に入れた方が,真空にするよりもタングステンが蒸発しにくくなることを見つけ,製品化しました。白熱電球はより長寿命・省電力なLEDに変わりつつありますが,こんな歴史があったのです。また,この気体と固体の界面についての研究は,固体の表面を覆ってしまう気体分子の量を計算できるラングミュア吸着式の導出につながっていて,固体の表面にぶつかってくる気体分子の量には,ラングミュアという単位が使われています。

その他にも彼の研究業績は多岐にわたっていて,真空状態をつくるための水銀拡散ポンプの開発や真空計の発明,金属表面で水素分子を解離することで生じる原子状水素を使った溶接技術の開発,白金の触媒作用の機構についての研究,なども行っています。気体の放電現象の研究から,気体分子が電子と陽イオンに分かれた状態を指す「プラズマ」という言葉を命名したのも彼です。

彼は気体と液体との界面を利用した重要なプロセスも開発しています。そのきっかけとなったのは,水の表面にできる油膜の化学的性質の考察です。洗剤の成分である界面活性剤のように,水になじみやすい(親水性)部分となじみにくい(疎水性)部分をもつ有機分子は,水面で疎水性部分を大気側に,親水性部分を水側に向けて集合し,分子一層分の膜ができる現象を,理論的に説明しました。細胞膜をつくるリン脂質分子も親水部分と疎水部分の両方をもつために同様の現象を起こします。水の中に平坦な基板をいれておき,水面に分子一層分の膜をつくってから水面と垂直になるようにゆっくりと板を引き上げると,基板の表面に単分子膜が移し取れるのです。Langmuir-Blodgett膜(LB膜)と呼ばれる膜形成技術です。多数回繰り返すことで多層膜の形成も可能です。基板の上に単分子膜を順番に積層する技術は,今も多くの人が分子でセンサーや電子素子を作製する研究に利用されています。

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